8.特別講演
① 「希望の道としての営農型太陽光発電」
近藤 恵
プロフィール
![]() ●はじめに 2022年に公開された映画『原発をとめた裁判長そして原発をとめる農家たち』(図1)の自主上映会がつづいています。この映画は以下のことを目的としています。原発の危険性を訴える論理として「たとえ原発によって二酸化炭素が減っても、たとえ他のあらゆる手段で世の中をよくしたとしても、原発事故が起きれば一瞬で全てが水泡に帰す、その厳粛な事実に先入観なく目を凝らすべきだ」と明快な主張をします。また、福島の農家たちが、今後の世の中の主軸となるのは再生可能エネルギーであることを信じていること、世界的には特に太陽光発電と農業の相乗効果を発揮する営農型太陽光発電が未来への道を開く重要な役割となっ ![]() ●地に足をつける 「大内さんたち農家さんがとてもいい!地に足がついた人たちだからだ。」上映会後の感想のひとつです。この映画は、大飯原発をとめた裁判長と放射能汚染から復活する福島の農家を描くドキュメンタリーとして制作されました。私に声がかかったのは2021年の三月です。そのころ、私たちは日本で一番大きな営農型発電所の建設に着手していました。『スクリーンの女神は大きいものを好む。』と言った監督は、広大な敷地にまだ柱が一本も立っていない予定地でカメラを回し始めました。 「こんな大きな事業が、一介の農業者にできるわけがない。絶対に不可能だ」と人に言われ、自分自身でも不安で眠れない日々がつづきました。それを支えてくれたのが大内信一さん、大内督さんら有機農業者と、再生可能エネルギー研究者兼実業家である飯田哲也さんでした。特に大内さんに関しては必ず取り上げてほしいと思いながら監督に紹介したところ、映画の骨格となる存在としてスポットをあてていただきました。それは地に足がついた等身大の事業活動をされてきたからだと思います。飯田哲也さんは映画の中でも地に足をつける活動がいかに大事かを力説しておられます。ぜひそんな姿をみなさまにもみていただきたいと思います。各地で上映会が開催されていますので足をお運びいただくか、すでにご覧いただいた方については自主上映を企画していただければ、多くの方に原発の危険性や再生可能エネルギーの希望が伝わることになりますのでご検討をよろしくお願いいたします。原発や再エネというと小難しいと思われがちですが、非常にわかりやすい内容であると、評判が高い映画となっています。 <図1:映画ポスター画像と映画公式サイトhttp://saibancho-movie.com/index.html> ●希望の世の中を信じ、実行に移す これまで幾多の上映会後に感想を寄せていただきましたが、必ずと言っていいほど、私が映画の中で中村哲さんのエピソードと共に紹介した、内村鑑三著『後世への最大遺物』への問い合わせがありました。以下そのシーンをそのまま記します。 (私の経営する農業法人に)就職する彼らに渡す本があるんです。それは内村鑑三著『後世への最大遺物』です。アフガニスタンで亡くなった中村哲さんが地元ワーカーに必ず渡すという本だということを真似たものです。内村の本の中にこんな箇所があります。この世はけっして悪魔が支配する世の中ではなくて、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中ではなくて、希望の世の中であることを信ずることである。この世の中は悲嘆の世の中ではなくて、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということである。』このようなことを表現する農場にしたいのです。 中村哲さんが2019年に亡くなった後、私は彼の本『天、共に在り』を読み、中村さんが内村のこの本をワーカーに渡していることを知りました。自分もワーカーになったつもりで、学生の頃に読んだ内村の本を読み直しました。 すると、自らの震災後の経験がそうさせたのか、「高尚なる生涯(内村の言葉)」の具体的な内容が身に迫ってきたのです。歓喜の世の中であることを信ずる生涯が大事なのだと。内村の本では『高尚なる生涯』に強調文字が入っていますが、この強調が本人によるものなのかはわかりません。しかし文章をよく読めば、高尚(知性や品性の程度が高いこと:大辞林)を強調していないのは明らかです。後半にはこのようなことも書かれています。『学問もなかった人であったけれども、己の一生涯をめいめい持っていた主義(少数の正義の方に立つ)のためにおくってくれたと言われたい。―中略― 学問がないというのが面白い。信仰によってこれらの不足に打ち勝つことができれば、後世への遺物が大きくなる。』 学生時代にこの文章を読んだ時は、学を高める生涯を目指すべきだと解釈していましたし、そのような解説も目にしましたが、読み方が間違っていたのではと思います。私は知性を否定しているわけではなく、知性を実行に移すことが大事だと思います。ここでは割愛しますが著作中でもそのことが書かれています。そして知性とは「悲嘆の世の中を否定し、歓喜の世の中を肯定することを粘り強く探求すること」であります。 同じようなことは現代人も述べており私はよく引用させていただいています。劇作家の平田オリザさんが2021年4月に兵庫県豊岡市に新設された芸術文化観光専門職大学の入学式学長式辞で述べた一節です。 感性を磨くことは重要です。それはとても重要なことです。しかし、感性だけでは、この矛盾に満ちた世界と戦うことはできません。皆さんの感性。皆さんが差別を憎む正しい心が折れそうになるとき、本学で培った理性がかろうじてそれらを支えてくれることを願います。芸術を愛する美しい心、世界中からの観光客をもてなしたいと思う優しい気持ちがくじけそうになるとき、本学で学んだ知性がそれをかろうじて救ってくれることを願います。 ●樋口裁判長とのこと 樋口裁判長のことを知ったのは、まず大飯原発再稼働差し止め判決のニュースを知った2014年5月です。その時は知人から「樋口という裁判官が、人格権が経済性などのほかのあらゆる権利を上回るという素晴らしい判決をした。定年間際で左遷が怖くなかったから書けたのだろう」と聞いていました(後にその理由は間違っていると知ることになるのですが)。次に知ったのは日本有機農業研究会が2019年に発行した樋口氏の講演録『いのちを大切にする社会をつくる―原発訴訟と裁判官の責任―』を読んだ時です。この講演録には最後にこう書かれています。「この話を聞いてしまった皆さんの責任は、それを伝えることです。」私はこの文章を読んで以来、伝えねばならないと思いつつ責任をはたせぬまま過ごしていた自責の念がありました。そこに今回の映画出演の依頼があり、これは応じなければならないと覚悟を決めたわけです。きっかけとなった日本有機農業研究の全国大会では2023年2月に自主上映会が行われ、講演の一部を私が引き受けることになりました。責任の一端を果たせたと思っています。 さて、その樋口さんが映画のインタビュー記事でこんなことを言っています。 裁判官は日本国憲法の中でも身分保障が規定され、独立性が保たれた存在です。しかしながら、やはり政官財に配慮しているのではないかと思われる判決も見掛けます。なぜなのでしょうか。 樋口:最高裁判所が一番政府寄り、高等裁判所が次に政府寄り、地方裁判所が一番リベラルという印象です。判決の傾向は「出世を目指しているか否か」とは関係ありません。特に最高裁判所や高等裁判所の裁判官は定年が近いこともあって下した判決のせいで左遷されることはまずありません。ではなぜ、下された判決にそのような傾向があるかというと、裁判官をやっているうちに、ゼロから考えることをせずに、既に出た判例を元にして、現在担当している裁判の判決を書く「先例主義」を取るようになるからです。その方が、早く事件も処理できますし、何よりラクなんです。(優秀な人物ほどショートカットしている。) なぜ最高裁判決は保守的なのか(樋口英明さん 週間SPAより) 裁判官というのはひと月に多い時では70件もの案件を扱うことがあるほど激務だそうです。しかも人生を左右するような判決を書かねばならないわけですからその責任は半端ではありません。先例主義を取ることも頷けます。しかし職業倫理として、先入観や慣例に頼らずに独立の気概(これは樋口さんが裁判官をやる上で大事にしていることとして映画で語っておられます。)をもってやっていただきたいものです。私は色々な講演会で、特に若いみなさんに「ここに来るような意識の高いみなさんなら、今後の学びや社会人で優秀だと言われるようになると思うけれど、その優秀さをこのようなショートカットに使わないでほしい」と強く語りかけています。 ●営農型太陽光発電の意義 さて、映画の中で登場する事業が営農型発電とよばれる事業です。その意義を簡単に説明します。「地球沸騰化(グテーレス国連事務総長の言葉)」、「世界人口97億人(2050年)」の時代に土地の奪い合いが起きています。改めて世界人口の推移を眺めてみると、宇宙進出を夢みる人たち(その代表格がテスラ社のイーロン・マスク氏)や代用肉・培養肉の実用化加速への動機は、まぎれもなく地球とその資源が有限であることの危機感だとわかります。それらに比べれば、ずっと早期に土地の奪い合いを解決する実現可能な手段である営農型発電に、世界規模で注目が集まっているのです。 土地の奪い合いを解決する仕組みはこうです。図2(:営農型発電の概念図)を見てください。ある地域に2haしかないとします。いままでは、小麦1ha、太陽光発電1haを別々に作っていました。しかし営農型発電の考え方を取り入れ、農業側は20から30%の土地を太陽光発電に柱の部分として提供し、発電側は20から30%余計に間隔を空けることで農地に光を当てます。こうすることによって、お互いがいままでの面積の60%増が可能になるということです。私は、図を説明するときに「上半分の世界から下半分の世界に変わる劇的な変化だ」とお伝えするようにしています。今年は顕著な猛暑でしたが、地域で全滅に近かった大豆が、私たちの設備下では平年通りの収穫でした。影響が少なかったのは適度な日陰が高温障害を防いだためだと思われます。土地利用効率の向上だけでなく、生育環境の改善にも役立つことが認められ始めています。 ![]() ●営農型発電所とブドウづくりで、新しい農業経営を提案 映画に出てくる大規模な営農型発電所が竣工したのは2021年9月です。原発からのエネルギーシフトを進める事業の実現をめざして、環境エネルギー研究所(ISEP)、みやぎ生協、市民電力会社ゴチカンの3社共同で二本松営農ソーラー株式会社を設立しました。下部の営農を、農業法人である株式会社Sunshineに運営委託。私ともう一人の共同代表には、前述の二本松有機農業研究会代表の大内督さんも就任しています。 私たちが栽培をはじめたブドウは三年後に収穫ピークを見込みます。他の作物、大豆、エゴマ、人参の収穫はとてもよく、ブドウ以外は有機栽培認証を取得しています。柱の周りの草刈りを軽減するため今年から自然放牧(肉用牛)を実施しています。 20代30代2名の常用雇用ができていることは地域に喜ばれています。今年からサポーター制度を新設し、場内にある98本のブドウの樹の命名をして応援団になっていただいています。ブドウを楽しんでいただくこともさることながら、この「進化する農場」を一緒に見届けていただきたいと願っていますので、ぜひ公式サイト(https://re100sunshine.jp)を覗いてみてください。 ●終わりに ![]() |